2019年11月
防虫剤の入れ過ぎはキケンです!(ガス化によるトラブル)
きものをタンスに仕舞ったままの、虫干し等換気を一切しない長期間保存状態は、
様々なトラブルの温床になりやすく、例えば知らぬ間に変色してたといった事例は、
タンスに蓄積された酸化窒素ガスや亜硫酸ガスによるものとされ、特に北陸や東北
地方など、暖房器具を多用する寒冷地で多く発生しています。
しかし、それよりももっと身近に気を付けなければならないものがあります。
それが、大量の防虫剤によるガスです。
よく防虫剤によるトラブルに、金彩の剥離があります。
きものを広げてみたら、金が剥がれて他の部分に付いてしまったというものです。
防虫剤による金彩の打ち合い(京都市染織試験場資料)
柄箔の溶出による打ち合い(京都市染織試験場資料)
これは保管に使用していた防虫剤と、金彩のバインダー(接着剤)が反応して軟化し、
それが溶出して他の部分に打ち合ったもので、気化したガスが化学反応をして起きる
典型的な事故事例です。また、ドライクリーニングをしたら箔が落ちてしまった等の
事故も、やはり防虫剤の影響が考えられます。
以前、タンスに長期保管していた振袖を広げたら、間に挟んで置いた紙が生地に張り
付いて取れなくなった、というご相談を受けたことがあります。よく見ると、薄い和紙
が張り付いているのは金彩の部分だけで、明らかにバインダーによるものでした。
張り付いた紙は溶剤で落とせるのですが、ベタベタはそのままなので、打ち合いを完全
に直すには、金彩をバインダーごと剥ぎ落すといった大事の作業になってしまいます。
さすがに全ての箔を置き直すことは難しいので、今回は蝋を引いた特殊な紙を当て紙
に使い、打ち合いを防ぐようにしました。
気密性の高い今日の住宅環境は、その利点が欠点となり、それこそ思いもよらない故障を
招いてしまいます。それでなくとも着ることが減り、タンスに長く閉じ込められてしまえば、
きものは否応無くその状態に晒されてしまうのです。
自分が5年、10年と歳を重ねるとき、きものも密かに(知られずに)同じ歳月のときを
経て、同じように老いを重ねているのです。
そんなきものを時には思い出し、たまにはタンスを開けてあげて下さい。
その優しさこそが、きものが長生きすることの出来る、唯一の環境なのかもしれません。